アルハムラ

初めてダマスカスに着いたその翌日、私はシリアのタバコを買った。アルハムラという名前だった。とにかく安いということと、安いタバコは他にも二、三個あったが、パッケージがマルボロに似ているという理由だけで、それを選んだ。

実際、パッケージはよく似ていた。どちらも箱の上の部分が赤で下が白だが、マルボロは白の三角デザインが上を向いていて、アルハムラは赤の三角デザインが下を向いている。二〇〇七年当時のレートで、マルボロは一箱二百円弱で一番高かった。アルハムラは一箱五十円もしなかった。匂いは似ても似つかない。

ダマスカス大学で私が初めて授業をした日、放課後学生たちは相当ざわついたそうだ。その日大学をサボっていたラーメズは、クラスメートの男子学生ハイサムに電話をした。

「新しい先生、どうだった?」

「どうもこうも、休み時間にアルハムラを吸っていた」

「そんなバカな。お金を持っている日本人が、アルハムラなんか吸うか」

「間違いない。先生が吸っていたのはアルハムラだ」

「嘘つけ」

 こんな会話があったことを私は後から聞いた。アルハムラは、かなり評判が悪かった。 私は「お金を持っている日本人」ではなかった。日本の国際交流基金や国際協力機構(JICA)から派遣されてシリアに行ったのではない。この人たちはかなりの額を日本の機関から支給されている。私はダマスカス大学に直接雇用されていた。大学からシリアポンドで支払われる給料は、後で知った学生たちが唖然とするほど低かった。


アルハムラはまず火の付きが非常に悪い。何度もスッパスッパ息を吸い込んで、漸く火が付く。少し灰皿に置いておくと、もう火は消えている。普通のタバコなら灰皿に置いたことを忘れてそのままにしていると、いつの間にか一本全てが灰になってしまう。しかしそんなことが決して起こらないのが、アルハムラの利点と言えば利点だった。ほぼ置いた時と同じ長さで、残っている。

学生たちに聞いたことがある。

「半分は、ごみを巻いてるんじゃないか?」

「いえ、先生。ごみじゃくて、うんこですね。それに半分じゃなくて、全部です」

シリアにはこんなジョークがあると、学生たちが教えてくれた。

世界タバコ会議に出席したアルハムラの代表が、隣に座ったマルボロの代表に言った。

「儲かってますね」

「一つ、秘密を明かそうか。うちのタバコ、実は半分うんこなんだ」

「え?うんこ、半分しか入れてないんですか?」

それでも私は「まあ、いいか」と思って、半年ほどはアルハムラを吸っていた。


「あの頃のシリアの話」第一章 断片的な記憶/アルハムラ


「あの頃のシリアの話」は、今出版社を探しています。このBLOGでは原稿の一部を紹介しています。


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