ダマスカス国際空港

私は、学生たち一人一人と抱き合った。口達者ナシーブは、抱き合っている時も何か喋っていた。私はちゃんと聞こえていなかったが、「分かっている」と言った。ナシーブの目は真っ赤だった。ムダルは、黙ったまま私と抱き合って、その後すぐに顔を背けた。涙が零れたところを誰にも見られたくなかったからだ。私はそれに気づいた。渋い男ムダルにとっては、不覚だったと思う。

アルハイサムも泣いていた。アルハイサムは私が抱き締める前から、泣いていた。カシュクールの狭い部屋で一年間一緒に住んだ。ある時、アルハイサムが私に言ったことがある。

「先生、オレは、泣いたことがない」

「嘘?」

「赤ちゃんの時はあるけど、それからは多分一回もない」

「私は泣くぞ。美央に明太子を隠されただけでも泣いたぞ。話したな、このこと」

「うん。オレは親戚のおじさんが死んだ時とかも、泣かなかった」

そのアルハイサムが、異常なくらいにおんおんと泣いていた。涙を拭こうともしなかった。

ラハフは、気丈だった。いつもは感情を隠さないのに、別れの時だけは違った。何事もないかのように、その時を過ごそうとしているようだった。しかし双子の姉の方は、その反対だった。

「ラガドは?」

私はラーメズに聞いた。ラーメズは、最後までいつも通りの態度を崩さなかった。

「先生、こっちだ」

皆から少し離れたところで、ラガドは隠れるように床に座り込んでいた。

「ラガド」

ラガドが顔を上げた。アルハイサムと同じくらいぐしゃぐしゃの顔になっていた。涙をぼろぼろ流しながら、ラガドは私の頬に両手を添えた。そして肩を震わせてしゃくり上げながら、何も言わずに私の額にキスをした。

「行くね」

そう言っても、ラガドは立たなかった。

「ラーメズ」

「うん。ラガドのことはだいじょうぶ。もう行った方がいい」

「じゃ、行く」

ラーメズは、寄り添うようにラガドの隣に座った。

「また、必ず会いに来る。約束する」

私は皆にそう言って、ゲートに向かった。これが、私が果たそうとして果たせなかった約束だ。あの時ダマスカス国際空港にいた学生たちは、今はもう誰もシリアにいない。

私はゲートの前の短い列に並んだ。

「先生」

振り返ると、アルハイサムが私を追いかけて来ていた。まだおんおん泣いていた。係員をその怪力で押し退け、私と一緒にゲートを通ってしまうかも知れないと思うほどだった。

忙しかったのはラーメズだ。さっきまではラガドの側にいたが、ゲートのすぐ近くまで来たアルハイサムを見て、急いで止めに来た。ラーメズがアルハイサムの肩を押さえた。

「先生、こっちもだいじょうぶ。行って」

私はラーメズに「ありがとう」と言って、ゲートを通った。

私自身は、いつから泣いていたんだろうと思う。多分、私も少しずつ、ずっと泣いていた。


「あの頃のシリアの話」第三章 再会/ダマスカス国際空港


「あの頃のシリアの話」は、今出版社を探しています。このBLOGでは原稿の一部を紹介しています。

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