パンツ

私がカイロにいる間、アルハイサムは日本のテレビ局に依頼されて、映像を見ながらその中で話されているアラビア語を文字に起こすというアルバイトもしていた。映像はトルコの難民キャンプにいるシリア人や、北ヨーロッパの国々を目指してバルカン半島を北上するシリア人を撮影したものだった。その中に、デリゾールの人たちがいる。ほとんどのシリア人はデリゾールの方言が理解できないが、デリゾール出身のアルハイサムは当然それを正確に聞き取ることができた。アルハイサムの仕事は、方言をフスハ(正則アラビア語)に変えて文字にすることだった。聞き取った言葉を日本語に翻訳することまでは頼まれていなかった。後でプロの翻訳家がフスハを日本語に翻訳して、字幕にするらしい。

アルハイサムは夜中まで作業していた。

「先生、これ、どうしよう」

映像ではデリゾールの男性が、取材班のインタビューに答えていた。

「何て言ってるの?」

男性はシャツをたくし上げて、銃創を見せていた。

「ポリスに撃たれたって言ってる。ここも、ここもって。それじゃなくて、隣でこの男の友だちが言ってることなんだけど」

「友だちは、何て言ってる?」

「お前のパンツ、エロいな」

シャツをたくし上げた時、男性のパンツが少し見えたのだ。私は声を出して笑った。

「アホだな」

「どうしよう。こんなことまで文字にした方がいい?深刻な話なのに」

「絶対に、書くべきだ」

「そう?」

「書くか書かないかを決めるのはアルハイサムの仕事じゃない。番組のプロデューサーかディレクターが後でこの言葉をどうするか決めるだろう。それもあるけど、死んでいてもおかしくなかったって、今この人たちは話してるんだ。それなのに、ところでお前のパンツはエロいなって言ってるんだろう?私は、この言葉を使ってほしい。シリア人が、これだけの思いをしてきながら、それでもアホなことを言うことは忘れないんだ。それは、すごいことじゃないか」

「分かった。文字にする」

アルハイサムはまた作業に戻った。

私は、この映像が最終的にドキュメンタリー番組に使われたのかどうか知らない。番組がいつ日本で放映されたのかも知らない。しかしもし使われているなら、字幕には「お前のパンツ、エロいな」と、そのまま書いていてほしいと思っている。番組制作者が勝手に「お前、大変だったな」という言葉なんかに変えていたとしたら、それは捏造だ。


「あの頃のシリアの話」第三章 再会/シリア人


「あの頃のシリアの話」は、今出版社を探しています。このBLOGでは原稿の一部を紹介しています。

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