双子の妹

双子のラハフとラガドは、何か些細なことでいつも言い争っていた。私はよく右からラハフの言い分を聞き、左からラガドの言い分を聞いた。大抵強く怒っているのはラハフの方で、私の前では落ち着いているのがラガドの方だったが、ラハフにはそのラガドの落ち着きも気に入らないらしい。

「絶対ラガドが悪い。先生はどう思う?」

強い調子で、ラハフは私にもよく聞いた。迫力があった。しかし喧嘩の原因は、ラハフが朝起きたら、お気に入りのアクセサリーをラガドが勝手に借りて先に出かけていたとか、そういうことが多かった。

「私は寝る前にお菓子を食べてしまうのに、ラガドは絶対に食べない。先生、どう思う?」

「だめなの?」

「私だけが大きくなってしまうでしょっ」

そんなことも言っていた。双子なのだからラガドも一緒に誘惑に負けて食べるべきだというのが、ラハフの主張だった。もっと深刻な理由で喧嘩することもあったと思うが、思い出せない。いずれにしても、この二人が決定的に仲たがいすることはないと、私もクラスメートも知っていた。

ラハフは私たちの前で、怒りも悲しみも、そして喜びも素直に表現した。感情を隠せないとラハフは言った。私は、隠さない方が好きだと言った。

「でも、それだと少し、人生損な気がする」

「そうかな。だけど、その方がいいな」

「どうして?」

「分からない。でもその方が、ラハフは魅力的なんだ」


私は、初めてラハフとラガドの家に招待されて行った時のことをよく覚えている。シリアへ行ってまだ日が浅い頃だったが、それまでにも私は放課後と週末を何度か二人と一緒に過ごしていた。

その夜、私は二人の家族と初めて食事をして、リビングでお茶を飲みながら暫く話した。

「先生、私たちの部屋に来て」

部屋には小さい頃のラハフとラガドの写真があった。二人は二卵性の双子なので、顔はそれほど似ていない。

「あ、こっちがラハフで、こっちがラガドだ」

「先生、こっちが私のベッド。ラガドは話したいことがあると、私が寝ていてもこっちに来て、わざわざ起こす」

ラハフは怒っていてもとりあえず寝てしまうが、ラガドの方は、その日のうちに話し合いを終えたいらしい。

ラハフはその日、ずっと落ち着かない様子だった。うきうきしていたのだ。それをそのまま態度と言葉に表すのが、ラハフだった。

「夢みたい。先生が、私たちの部屋にいる。夢が叶った」

二十歳の女性が、小さな子どものようにぴょんぴょん飛び跳ねていた。私は、ただ私がいるということに、ここまで素直に喜びを表現されたことはなかったと思う。

「先生が来てくれて、嬉しい」

私は、その言葉を何度でも聞きたいと思った。


二〇一五年、私はフェイスブックでラハフと話していた。ラハフはシリアを離れて、トルコのガジアンテップという町にいた。一人だった。ラガドとも、他の家族とも離れて、そこで仕事をしていた。

元気がないことは、テキスト入力でもすぐに分かった。その時は、特にそうだった。ラハフは何も特別な話はしていない。「元気」と書いていた。しかしその言葉には「まだ健康を害していない」というくらいの意味しかないことが分かった。

ラハフに会いに行こうと思った。二〇一〇年に私がシリアを去ってから、まだ一度も会えていなかった。シリアにいたラハフに、私は会いに行くことができなかった。


「あの頃のシリアの話」第二章 学生たち/ずばらしい


「あの頃のシリアの話」は、今出版社を探しています。このBLOGでは原稿の一部を紹介しています。


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